2026年1月26日に経済産業省が「2040年にAI・ロボットの専門人材が339万人不足する(読売新聞オンライン)」という衝撃的な推計を発表したそうです。この数字だけを見ると、日本の未来は暗澹たるものに思えます。しかし、実は過去にも同様の「IT人材不足(予測)」が何度も発表されてきました。そして、その多くは予測ほど深刻な事態には至っていません。
今回は私の視点から、過去の予測と実際の状況を比較検証し、今回のAI人材不足予測の信憑性を分析します。
過去のIT人材不足予測と実態の比較
【事例1】2016年発表:2030年に最大79万人不足予測
発表内容
- 発表元:経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」(2016年6月)
- 予測:2015年時点で約17万人不足、2020年に約37万人不足、2030年に最大約79万人不足
(出典)経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」2016年6月
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/001_s02_00.pdf
実際の状況(2026年時点)
- 2018年時点の実数:IT人材数103.2万人、需給ギャップ22万人
(出典)経済産業省「IT人材需給に関する調査」2019年3月
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf - 2020年:予測された「37万人不足」は到来せず
- 2020年時点の実数:IT人材数125.4万人
(出典)IPA「DX白書2023」国勢調査2020年ベース
https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108046.pdf - 2026年(現時点):予測された「43万人不足」は到来せず
乖離の理由
- クラウドサービスなどの普及により、インフラエンジニアの需要が減少したため
- SaaSなどの普及で開発・保守人材の需要が変化したため
- ローコード・ノーコードツールなどの開発ツールが発展したため
- 外国人エンジニアの採用やオフショア開発が拡大したため
- 新型コロナウイルス感染症によるIT投資抑制(需要側の調整)したため など
【事例2】2018年発表:2025年の崖で43万人不足予測
発表内容
- 発表元:経済産業省「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」(2018年9月)
- 予測:2025年に約43万人不足、年間最大12兆円の経済損失の可能性
(出典)経済産業省「DXレポート」2018年9月
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/20180907_02.pdf
実際の状況(2026年時点)
- 予測された「43万人不足」という壊滅的状況には至っていない
2023年度にDX人材が「大幅に不足している」と回答した企業は62.1%(2021年度は30.6%)と不足感は高まっているが、これは質的な不足(適切なスキルを持つ人材)であり、絶対数の不足とは異なる - 年間12兆円の経済損失という事態も発生していないと思われる
(出典)情報処理推進機構「DX動向2024-深刻化するDXを推進する人材不足と課題」2024年2月
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/discussion-paper/f55m8k00000039kf-att/dx-talent-shortage.pdf
(出典)厚生労働省「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査事業調査報告書」2024年3月
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001244078.pdf
乖離の理由
- クラウドプラットフォームの利用拡大したため
- SaaSなどの普及による専門人材への依存度が低下したため
- システム刷新の延期・先送り(コスト負担面などから)したため
たとえば、SAP社のERPなど基幹システムのサポート期限延長措置が実施されています。 - DX人材の育成を加速したため(企業のリスキリング推進) など
【事例3】2019年発表:AI人材が2030年に12.4万人不足予測
発表内容
- 発表元:経済産業省「IT人材需給に関する調査」(2019年3月)
- 予測:AI人材が2025年に約8.8万人不足、2030年に約12.4万人不足(中位シナリオ)
(出典)経済産業省「IT人材需給に関する調査」2019年3月
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf
実際の状況(2026年時点)
- 先端IT人材の不足は継続しているが、予測ほどの深刻な不足には至っていない
- 生成AIの登場(2022年~)により、専門知識なしでもAI活用が可能になり、必要な専門人材数が減少
- AIやデータサイエンス分野での人材育成が大学・大学院・専門学校で急速に拡大
乖離の理由
- ChatGPTをはじめとする生成AIの普及により、専門知識がなくてもAI活用が可能になったため
- AutoML(自動機械学習)ツールが発展したため(AI開発の民主化)
- 大学や大学院でのAI・データサイエンス教育が急拡大し、供給が増加したため
- 「AI人材」の定義が「高度な専門家」から「AIツールを使いこなせる人材」へとシフトしたため など
なぜ予測と実態は乖離するのか
過去の事例から見えてくる共通の乖離要因を整理します。
(1)技術革新の加速
予測時には想定されていなかった技術革新などにより、必要な人材数が減少します。
- クラウドサービス(AWS、GCP、Azure など)が普及したため
- SaaS(Software as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)など
- ローコード・ノーコードやRPA(Robotic Process Automation)などの開発ツールが普及したため
- 生成AI(ChatGPT、Claude など)が急速に普及したため
- AutoML(自動機械学習)が普及したため など
(2)生産性向上の想定超過
予測で想定された生産性向上率を、わずかに上回る改善が実現しています。ツールやプラットフォームの進化などにより、1人あたりの生産性が向上したため、予測との乖離がでています。
(3)グローバル化・リモートワークの進展
- 外国人エンジニアの活用、ニアショア・オフショア開発の拡大が進んだため
- リモートワークの普及により地域格差が緩和し、居住地に依存しない働き方が可能になったため
- フリーランス・副業人材の活用が拡大したため
(4)需要側の調整
企業の投資余力不足や守りの姿勢により、潜在需要が顕在化しないケースが多くあります。できれば実施したい程度の需要は、人材・予算不足が理由となり実行されません。
(5)人材の再定義
「専門人材」の定義が時代とともに変化しすそ野が広がる結果、「専門人材」が多くなります。
- 高度な専門家(特定専門人材) → ツールを使いこなせる人材(一般利用の専門人材)
- 全従業員がデジタルリテラシーを持つ方向へ
(6)供給側の対応
- 教育機関などでの人材育成カリキュラムが充実じたため
- 企業内でのリスキリング(学び直し)が推進されているため
- オンライン学習プラットフォームの普及で、時間・場所に捕らわれない学びの場が充実したため
(7)予測の限界
- マクロ推計による「最悪シナリオ」として提示されることが多いため
興味を引く「見出し」をつけないと閲覧してもらえないためインパクトを重視します。 - 前提条件(需要の伸び率、生産性上昇率など)が保守的なため
意地悪な見方をすると、インパクトある数字を出すために保守的な数字を選びます。 - 技術革新のインパクトを過小評価してしまうため
私たちは、新しいものに対して過小評価する傾向があります。たとえば、ガラケーとスマホ、ウォークマンとiPodなど、新たなものが出た初期には過小評価されてきました。
中小企業が取るべき現実的な対応策
今回の「2040年にAI人材339万人不足」という予測も、過去の事例と同様に、実際には予測ほど深刻化しない可能性が高いと考えられます。ただし、人口減少中のわが国では、人材不足の傾向自体は否定できません。下記に中小企業が取るべき現実的な対応策を提示します。
(1)全役員・全従業員のデジタルリテラシー向上
高度な専門人材を採用することに注力するよりも、全役職員が基本的なAIツールを使いこなせるようにすることが重要です。
- ChatGPT、Claude などの生成AIツールの活用研修
- Excel、Googleスプレッドシート などの業務ツールの高度活用
- オンライン学習プラットフォームの活用(Udemy、Coursera など)
(2)外部パートナーの戦略的活用
自社ですべてを賄う必要はありません。外部の専門家を利用することで、時間を短縮することができます。
- ITベンダー、システムインテグレーターとの連携
- フリーランス人材の活用(クラウドソーシング)
- ニアショア・オフショア開発の活用
- コンサルタントによるスポット支援
(3)SaaS・クラウドサービスの積極活用
自社ですべてを保有する必要はありません。自社で保有しなければ、専門人材への依存も減らすことができます。
- 業務システムのSaaS化(販売管理、会計・経理、人事労務管理など)
- クラウドインフラの活用(自社サーバー保有からの脱却)
- ローコード・ノーコードツールの活用
(4)段階的なデジタル化推進
一気に高度なDXを目指すのではなく、できる範囲から着手することが重要です。
- 紙ベースの業務のデジタル化
- 特定人材だけができる状態から標準化・マニュアル化で誰でもできるへ
- AIやRPAなどによる定型業務(繰り返し業務)の自動化
- データ活用に向けた基盤整備
まとめ:悲観論と楽観論のバランス
予測の本質を理解する
経済産業省などの人材不足予測は、「このままでは危機的状況になる」という警鐘を鳴らすことが主目的です。政策立案や企業の人材戦略策定のための材料として提供されるもので、必ずしも「確実に起こる未来」を示すものではありません。
過去の教訓
過去の事例分析から、実際には予測の50~70パーセント程度の不足に留まるケースが多いことがわかります。技術革新、グローバル化、働き方改革、教育改革などの複合的な対応により、壊滅的な事態は回避されてきています。
今回の予測の特殊性
- 予測対象が2040年と従来より長期(15年後)で、より実績が乖離する可能性が高い
- AI技術自体が急速に進化しており、技術水準を予測することは極めて困難
- 「AI専門人材」の定義が今後大きく変わる可能性が高く、数値の変化が激しくなる
- AIを開発・操作するエンジニアだけでなく、AIを利用する人とAIを利用していることを知らずに利用する人が「専門人材」に含まれてくると予想します。
中小企業への助言
「339万人不足する」という数字に過度に反応するのではなく、以下の対応を段階的に進めることが重要です。
- 自社の役員・従業員のデジタルリテラシー向上
- 外部パートナーの戦略的活用(お困りごとがあれば私にもご相談ください)
- AIやクラウドサービスなどの積極活用
- 段階的なデジタル化推進
確かに人材不足の課題は存在していますが、警鐘を真摯に受け止めつつ、段階的な対応を進めることで、危機は乗り越えることができると考えます。
参考文献・出典
- 経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」2016年6月(みずほ情報総研)
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/001_s02_00.pdf - 経済産業省「IT分野について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/001_06_00.pdf - 経済産業省「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」2018年9月
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/20180907_02.pdf - 経済産業省「IT人材需給に関する調査」2019年3月(みずほ情報総研)
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf - 経済産業省「IT人材需給に関する調査」2019年3月
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf - 出典:IPA「DX白書2023」国勢調査2020年ベース
https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108046.pdf - 厚生労働省「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査事業調査報告書」2024年3月(pwc)
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001244078.pdf - 読売新聞「AI専門人材が2040年に339万人不足、東京などに偏在…経産省公表へ」2026年1月26日
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260126-GYT1T00020/

