近年、知的資産経営という言葉が使われるようになっています。
モノによる市場支配が有効に機能した時代は終焉し、コト・ソコなどによる多様な価値観が市場を支配する時代に入っているためだと考えます。
経営戦略自体の考え方をシフトする際に参考になるため紹介します。
知的資産とは
知的資産のイメージ
そもそも知的資産とは何かから話しておきたいと思います。なんとなく「特許」などの権利を思い浮かべたかもしれませんが、知的資産はもう少し広い範囲を示している言葉になります。下図を見てわかるとおり、灰色の矢印で示された範囲が「知的資産」になります。つまり、「特許」などの権利は「知的資産」の一部を示しているということになります。
また、無形資産に含まれているものが「知的資産」となります。借地権や電話加入権などは財務諸表の貸借対照表(B/S)に記載されるのに対して、知的財産のブランドや営業秘密などは記載されません。目に見えない/見えにくいからこそ企業の競争力の源泉になるものが「知的資産」といえます。
たとえば、トヨタ自動車が広めた「JIT(Just In Time)」や「トヨタ生産方式(TPS)」など、リーン生産方式の仕組みやルールの部分は公開されています。しかしながら、肝心な部分が目に見えない部分として隠されているため、どの企業もトヨタ自動車のように大きくなれなかったり、利益が取れなかったりします。外見上はマネされても、肝の部分をマネできないのが「知的資産」です。
出典:経済産業省「知的資産・知的資産経営とは」
3つの知的資産
「知的資産」は、3つの分類にわけて考えることが主流になっています。
人的資産は、従業員が属人的に保有しているもので定年退職、転職、病気やケガで休職すると事業運営で利用できなくなる資産をさします。SECIモデルでいうところの「暗黙知」にあたります。
構造資産/組織資産は、企業や組織に人的資産が移ったもので、人に依存せず繰り返し使える資産をさします。SECIモデルでいうところの「形式知」にあたります。
さいごが関係資産で、企業や経営者に紐づいている外部との関係性や信頼性に関わる資産をさしています。暗黙知と形式知の両方が存在します。
出典:経済産業省「中小企業のための知的資産経営マニュアル」
知的資産経営とは
知的資産経営は、ヨーロッパ発祥の考え方を日本に取り入れたものになります。ヨーロッパ、なかでも北欧の国々など6ヵ国で研究した成果がまとめられた資料が源流となっているようです。
MERITUMプロジェクトによる「無形資産に対する管理と報告に関するガイドライン(知的資産経営報告書)『GUIDELINES FOR MANAGING AND REPORTING ON INTANGIBLES (INTELLECTUAL CAPITAL REPORT)』」をきっかけとして、日本には2005年に国の研究会で取り上げられたことで広まり始めました。北欧諸国といえば、お洒落な家具、素敵な雑貨など高付加価値なものを多く輸出しています。フランスやスペインも独自のデザインなど高付加価値なものに特徴があります。自国の強みに着目して、強みを活かした事業展開に成功している国や企業に学ぶことからはじまったのでしょう。
これまでのように物量で勝負できない時代においては、知的資産を強みの一つとして捉えなおし、経営戦略の一環として取り組むことが求められていると考えます。目に見えないことの付加価値を活かした経営戦略といえます。目に見えなければ、競合他社に真似されることも価格競争に巻き込まれることも少なくなります。
知的資産経営では、教育・訓練、従業員の自発性を促す経験や体験の提供などをもとに人的資産の蓄積を図ることが必須となります。環境変化の激しい現代においては、多様なバックボーンを有する人材の活用が不可欠なためです。自社に在籍している従業員のスキルマップや、属人的な知識・技能などを整理し、伸ばすべき部分、他から補うべき部分などを戦略的に意思決定する必要があります。
また、人的資産は属人的な暗黙知であるため、形式知として従業員が誰でも何度でも再現できるよう、構造資産/組織資産に移していく必要があります。そのためには、匠の技であってもAIなどの仕組みに移していくことや、業務マニュアル、製造設備などに移管していくことが求められます。また、競合他社が真似できない企業風土や組織風土にしていくことで、持続的に活用できる資産とすることができます。
関係資産においても、ステークホルダーとの良好な関係を維持・発展させるためにも適切な方針のもとで運用していくことが求められます。特に信用・信頼の部分は一朝一夕に維持・発展させることができません。特に中小企業の経営者と金融機関との関係性などは、次世代経営者に簡単に引き継ぐことができません。どこの、だれと、どのような関係性があるといった部分から整理をはじめ、良好な関係を維持・発展させるための策を打つことが求められます。
経営デザインシート
はじめはシンプルに将来構想を考える際に有効なツールを紹介します。未来の企業や事業の姿を描き、そこから現状の企業や事業を振り返ることで、ギャップが見えてきます。このギャップを埋める施策を考えて、実行に移すことで未来のあるべき姿を実現する際に活用できるツールが「経営デザインシート」です。
知的資産経営ポータル
知的資産経営の説明や、知的資産を開示することのメリット、作成するためのガイドラインやマニュアルなどが紹介されています。「事業価値を高める経営レポート」はまだ取り組みやすいですが、「知的資産経営報告書」は固定的なフォーマットがないことと記載が必要となるページ数が多いので、じっくりと検討することが必要になります。
知的資産経営の開示ガイドライン
事業価値を高める経営レポート作成マニュアル改定版
中小企業が価値を高めるための情報開示のすすめ
事業価値を高める経営レポート作成フォーマット
事業価値を高める経営レポート
事業価値を高める経営レポートの作成マニュアル、フォーマット、事例集が紹介されています。
中小企業のための知的資産経営マニュアル
少々古いマニュアルですが、知識、実践、事例、作成ガイドがひとまとまりになっている資料になっています。丁寧に説明されているので、理解しやすくなっています。
補助金申請や融資に活用可能
上記で紹介した「経営デザインシート」は、補助金申請時に利用することが推奨されているツールになっています。たとえば、事業再構築補助金、ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金(ものづくり補助金)などで利用することができます。
金融機関からの融資を受ける場合(新規融資、融資枠の拡大)にも活用できます。「経営デザインシート」や「事業価値を高める経営レポート」、「知的資産経営報告書」などを活用して、金融機関などに自社の価値を正しく伝え、事業性評価を受けることで融資が受けやすくなると考えます。
さいごに、自社単独では上記で紹介したツールをうまく活用できないということもあると思います。そういった場合は、経営コンサルタントなどの支援を受けながら作成することもご検討ください。